FF12、そのトータルゲームデザイン……その1。
今日は早めに更新しちゃおう、ということで開始。

昨日の記事は結局のところ、
『FFはヴィジュアル面とシステム面のリアリティ融合を目指したのだろう』
という話でした。

今回は、ゲームデザインをトータルで見た場合、というのがお題です。
長くなりそうなので、2回に分けようかな。
今日は、『ゲーム性とヴィジュアル』を主軸に、前置きとして語ってみます。





さてはて、『トータルゲームデザイン』、となんか気取った言い方をしてみましたが、要は『ゲームの全要素をひっくるめて見たら』ってことです。

ゲームの本質は『ゲーム性』であって、ヴィジュアルなどはオマケだって論をよく聞きます。
ヴィジュアルに限らず、キャラクターや音楽、ストーリーなども極論してしまえばオマケである、と。

けど、ホントにそうなのでしょううか?
私はそうは思わない派なので、その立場からつらつら書いてみたいと思います。


昨今のゲーム、特に大作になればなるほど、ヴィジュアルやシナリオなどにかなりの力が割かれています。
ゲームハードの進化によって、映画並みのヴィジュアルを扱えるようになったことが大きな要因ですね。
言わずもがな、今のFFシリーズはこの流れの中核的ソフト。
FFは映画を目指している、ってのは7の頃から言われてましたしね(あるいはもっと前?)

わかりやすいのは、7以降恒例となった、随所で挟まれるCGムービーですね。
『見せ場』的なシーンを、完全にムービーにしてしまったわけです。
これは、6以前にもあったオートで話の進むシーンを、通常のゲーム画面から切り離して『映画的』なアプローチを取ったもの。
映像的な迫力で圧倒する反面、「映像が見たいんじゃなくてゲームがしたいんだ」という不評も多い部分です。

確かに、映像作品ではなくて『ゲーム』という方式を取っている以上、ゲーム性が無くては嘘です。
7以降のFFシリーズは『映画の真似』と揶揄されるように、ヴィジュアルとシナリオの進化は進む一方で、ゲームシステムがスーファミ時代より弱体化したのは確か。
同時に、ゲームの描画手法もドット絵からポリゴンに移行して、従来の『暖かみ』みたいなものは薄れました。
この2点が、6以前と7以降を隔てる壁のひとつでしょう。

「映像が凄いのはわかったからゲームをさせてくれ」
「ストーリーに凝るのもいいけどシステムにもっと凝ってくれ」

この二つも、7以降言われ続けていることですね。
これがもう少し強い論調になると、
「映画が作りたいなら他でやれ」
「他が良くてもシステムがヘボいと全部ダメ」
「つーか、ポリゴンいらね。ヴィジュアルなんてオマケだドットに戻せ」

となっていくわけですが。

余談ながら、ほんとに映画作ったら大コケして会社が傾いたエピソードなんかもありましたが、まあそれはさておき。


さて、『ゲーム性の少なさ』に対しての批判を見ていると、どうもゲーム性を『神聖視』しているように感じるのですが、どうでしょうか。

そりゃ、遊んでて面白くないゲームなんてやりたくないです。
けど、ヴィジュアル面で『目を楽しませる』ってのも、面白さの一要素ではあるんじゃないかな、と思うのですよ。
確かに、FF7以降のRPGはほとんどポリゴン化して、ムービーシーンなんて見飽きるほど溢れてきたわけですが。
でも、極論として『ヴィジュアルなんてオマケ』としてしまえば、旧来のドット絵すらいらなくなるわけで。

限りなくソリッドに、『ゲーム性と、プレイに最低限必要な情報』だけに還元していけば、究極のRPGは初代のローグになるんじゃないでしょうか。
コンピューターRPGはこのローグから進化してきたわけですが、その進化の過程で人物の縮小である『ドットキャラ』が生まれ、場に適したBGMを得て、ひとつの物語としてのストーリーを与えられ、さらなるシステムの変化が加えられ……今の形になっているのだと思います。

『ゲーム性』だけを見れば、システムの改良以外の部分は余分な要素だったことになってしまいますが、実際にはRPGの進化で一番顕著なのはヴィジュアルの進化だったのではないでしょうか。

ローグの主人公なんて『@』、この記号だけですよ。
敵も、ドラゴンが『D』とか。まさに必要最低限。
これがドラクエ1にまで進化すると、全てのキャラクターが『ドット絵』で姿を表示され、話しかければセリフまで話すようになりました。
が、ドラクエ1は有名な『カニ歩き』。
全てのキャラクターは正面の姿しか持たず、東西南北どっちに歩こうが顔しか見せてくれませんでした。
これがドラクエ2やFF1が出た頃には、正面・背面・側面の姿を持って、より自然な姿で描かれるようになり、以後グラフィックはどんどん進化してきました。

その進化の結果として今の形があるのですから、一概に『ヴィジュアル』をゲームには関係の無いものとして切り捨ててしまうのは、乱暴なことなんじゃないかな、と。
今までの進化をバッサリ否定しちゃうことですからね。
それに、ヴィジュアル面での良さというのは、ライトユーザー層には最も訴えかけやすい要素であり、これを軽視するのはメーカーとしても間違った判断でしょう。
(ただし、私自身ドット絵も好きなので、ドット絵の否定ではありません)

結論として、現在のゲームにおいては、『ゲーム性』のみがゲームを形作っているのではなく、グラフィックやシナリオ、音楽やキャラクター、そしてゲーム性、それら全てが集まって(融合して)形成されているわけです。
ゆえに、ゲーム性のみを神聖視するのは少し逸脱しているのではないか、と思うのです。

ゲーム性のみを求めてゲームをするなら、既に完成されたローグやウィザードリィに代表するような古典があるわけですから、そちらを遊べばいいでしょうし。
(同時に、古典作品は『単純だが奥が深い』という『ゲームの真髄』であり、語り継がれるに足る面白さをもった作品であることも付記しておきます)


技術の進化によって、RPGは進化してきました。
その進化の流れにも、幾つかの枝分かれがあります。

大別すると、二つ。
ドラクエに代表されるような、ゲーム性に根を下ろした流れ。
そして、FFのように、ヴィジュアル&ストーリーに重きを置いた流れ。

『ゲーム性』という要素だけでみれば、FFの流れは異端の流れかもしれません。
昨今のRPGの多くがこの流れになっているのも、少し残念な点ではあります。
しかしこれもゲームの進化の一形態であり、いわば『ジャンルの違い』なのではないか、と思います。

そして、FFはヴィジュアルとストーリーを中心に置きながらも、毎回ゲーム性に関しても試行錯誤を繰り返しているように思います。
これが、FFのシステム面での多様なアプローチに繋がってるのかな、と。
今回のFF12も、その一端。
もっとも、万人受けするかは別問題ですが……従来とは違うベクトルながら、しっかりとゲーム性を持たせてあるのですよ、FF12も。
あと、FF12は案外自由度が高いのですが、それはまた今度触れようと思います。



では、長々書いたきたので、そろそろマトメ。

ゲームの本質はゲーム性ではあるものの、それが全てではないということ。
ゲーム性、シナリオ、グラフィック、キャラクター、音楽、などを全てを総合して『ひとつのゲーム』である、ということ。
これらを総合してゲームのデザインをすること、それこそが私の指す『トータルゲームデザイン』というわけです。

理想の形はゲーム性に根ざしつつ、他の要素としっかりと融合しているゲームでしょうか。
こと昨今のRPGにおいては、シナリオ立てればシステム立たず、システム立てればシナリオ立たず、となっているのが残念ですがね。
スーファミ時代のRPGが今でも支持され続けるのは、懐古だけでなく、こうしたゲーム作りの上手さもあったのでしょうね。
ヴィジュアル面での進化をある程度完成させたFFだからこそ、次の課題はトータルでのゲームデザインを高めることなのでしょう。
その点、FF12はけっこー頑張ってるとは思うのですが……それは次回に。
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by tenrensenka | 2006-04-01 13:11 | ゲーム。

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