雲のむこう、約束の場所。
SAW2がいつ行っても貸し出し中が続いてます、ごきげんよう。
仕方ないので他のを借りるか~と思って物色してたら、そのうち見ようと思ってた『雲のむこう、約束の場所』が目に付いたので借りてきますた。

てわけで、今宵は『雲のむこう、約束の場所』です。

公式はコチラ。






『雲のむこう、約束の場所』は、新海誠による初の劇場作品。
作品自体に触れる前に少々、新海誠についての簡単な説明を。

新海誠といえば、『ほしのこえ』で一躍有名になったアニメーション作家。
『ほしのこえ』は幾多の賞を受賞し、DVDは国内で6万枚を超えるセールスを記録。
叙情的な演出と言葉遣いがその魅力で、琴線に触れてくる感じですね。
『ほしのこえ』は音楽分野以外、ほぼ新海誠ひとりで作り上げたことで有名。
確か、オリジナル版では主人公の少年の声も新海誠がやってたっけ。
個人製作でこれだけの映像を作ることができるのか、と驚かされる作品でした。


そんな新海誠が描く物語を、劇場作品として強力にバックアップして作られたのが、『雲のむこう、約束の場所』です。
新海誠の世界観を、最上のクオリティで世に送り出してくれたと思います。


物語の舞台は、日本が北海道と本州以南で南北に分断された、もう一つの戦後の世界。
青森に住む二人の少年は、北海道に建設された「天に届くかのような謎の塔」を目指そうと、飛行機を組み立てていた。
そんな二人が見つめるのは、塔と、そして「もうひとり」。
ある同級生の少女に向けられていた。

少年達は、組み立てている飛行機を少女に見せ、いつか少女をあの塔まで連れて行くことを約束する。
しかし、その約束は果たされること無く、彼らの夏は終わる。
約束の日を境に、少女は少年達の前から姿を消したのだ。

そして、3年後――



物語は少年達と少女の想いを中心に、南北に分断された日本での、戦争の気配をはらみながら進んでいきます。
がまあ、南北分断や開戦の兆しといったものは舞台設定の範囲で、やはりメインは少年と少女の想い。
そして、彼らを包み翻弄する、あるSF設定がキーとなります。
変動する時代に飲み込まれながら、彼らは何を見るのか……というお話。

数分見ての印象は、『ほしのこえ』で感じた新海節は全開で、なおかつクオリティーが比じゃない感じ。
映像の持つ空気、少年少女の微妙な心情、切ない想いと大きな流れに飲まれていく彼ら。
夕暮れの教室、広く果てない青空、風渡る草原や古びた工場、線路を走る単線列車……。
郷愁の思いにかられる、素晴らしい景色。
その中で、少年達は想いを紡ぎ、世界に立ち向かっていきます。

新海誠の魅力は、その演出と、共感しやすい『想い』にあると思うのですが、今作もその方向ですね。
少年少女の淡い恋と、目標に打ち込む姿、喪失による挫折と変化、そして再会。
それらの『想い』を琴線に触れる言葉にするのが、新海誠の一番の味かなぁ。
モノローグで語る言葉が、詩的であり、切々と心に訴えかけてきます。

そして演出、これがまた才能が光る。
『ほしのこえ』でもその片鱗を見せつつも個人製作であることが足枷となって、その本来の力を発揮しきれていない(それでも、目を見張るシーンが幾つもあるのはさすが)印象があったのだけど、今回は余すところ無く彼の思い描く『世界』が再現されていて、とても美しい。
新海誠の映像で個人的に一番印象に残るのは、光の表現かな。
光源とその陰影が、はっとさせられるような絵を生み出しています。
夕暮れの日差しなどは、劇場作品じゃなかったらあそこまで綺麗にできなかったろうなぁ……。
一枚の絵画のように美しい風景が何度も出てきて、それだけでもこの映画を見る価値があるかも。

懐かしく切ない空気を感じさせる前半は、少年たちと少女の交流が描かれ、とても爽やかでグッド。
その抑えた空気が、クライマックスの激動へと繋がっていく様は一見の価値あり。
思うに、ああも瑞々しく息吹を感じられる『作品の空気』を描ける映像作家っていうのは、日本にあんまりいないんじゃないかなあ。
少なくとも、近年見た邦画でそういった『作品の空気』が素晴らしいと感じたのは、『いま、会いにゆきます』ぐらいだったかな。

脱線しましたが、物語と演出がクライマックスを迎えるその終盤。
見た人は分かると思うけど、あの空の透明感は筆舌に尽くしがたいものがありました。
息を飲む空の美しさ、そして少年と少女の想いの美しさ。
この二つが相まって、『雲のむこう、約束の場所』のラストの美しさは、近年まれに見る秀逸さだったと思います。


それらの、言葉遣いや演出の良さの反面、設定や舞台背景として流れる「大きな流れ」としての物語には、難が無いとはいえない部分もありました。
おそらくは、少年と少女の物語を描くことを中心に据える事で、他の優先度の低い項目は『メイン』のために多少の矛盾や無茶を許容したのかな。
ある程度リアルさに足を下ろしつつも、この作品の本質はファンタジーだと思うので。
あまりリアルさに走りすぎるとあの物語は成り立たないし壊れてしまったろうから、正しい選択かな。
その『設定的に引っかかる部分』も、『ほしのこえ』の時より大人しいものだしね(笑)

余談ながら、『ほしのこえ』が絶賛された理由のひとつは、やっぱ『個人製作』だってことも一因だったと思うのですよ。
「個人でこんな作品が作れてしまうのか、すごい!」っていうのが加点されてるだろう、と。
物語的に語りたい骨子は「地上と宇宙に引き裂かれた恋人」であり、二人を繋ぐ手段が携帯メールで、宇宙の彼方からのメールは数年かけて地上に届くというアイディアが『ほしのこえ』の物語の全てでしょう。
「大局」としての話はそのために用意された舞台でしかなく、いろいろ無理があるのはやはり難点。
しかし、それを補うのが新海誠の映像センスと言葉のセンスだったと。
そこに「個人製作である」ということが加点されて絶賛に至ったのだと思っています。
……などと言いつつも、自分もあれを個人で作ってしまったのは素直に感嘆します。
特に背景美術の素晴らしさは尋常じゃない。
新海誠作品に共通してますね、背景などの超クオリティは。
元々そっちが専門だったのかな?
ああ、『ほしのこえ』もやっぱ光の表現がかなり印象に残ってます。
あとはやっぱ、モノローグが琴線に触れてきますね。



そんな『雲のむこう、約束の場所』を見て思ったのは、日本の映像メディアで最も優れているのは、やはりアニメーションなんじゃないかな、ということでした。
実写邦画も少しずつマシになってきているものの、それでもまだまだコメディ以外は弱すぎる。
物語的にも、脚本的にも、演出的にも、役者的にも、実写邦画はまだまだダメだ。
その証拠に、海外でも評判がいいのは、ほとんどアニメだってのが実情のところだし。
世間一般的には実写より程度が低いと思われているアニメのほうが、実際には映像作品として優れた作が多いのは、なんとも皮肉なことだなぁ。
映像技術や背景美術は、実写邦画も良くなってきてるんだけどねぇ。
演出センスと脚本のレベル、あと役者のレベルがアメリカなどに比べるとぺーぺーなのが問題か。
その辺り、見当違いのプライドなんぞ捨てて、アニメ作品から盗める技術を盗んでくれれば、実写邦画も良くなりそうなんだけど……まだまだ無理なのかなぁ。


そんなこんなで、今宵は終了(笑)
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by tenrensenka | 2006-04-15 17:26 | 映像。

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